【第2回】青森県教育改革有識者会議実施内容まとめ
2023年8月30日に第2回青森県教育改革有識者会議が開催されました。本記事では、「株式会社 先生の幸せ研究所」の澤田真由美特別委員のご講演と有識者による議論を一部抜粋してお届けします。
全会議動画はこちらからご覧いただけます。
澤田真由美特別委員(株式会社 先生の幸せ研究所 代表取締役)講演
学校における働き方改革現状と目的
2023年春に出された「教員勤務実態調査(令和4年度)集計【速報値】」によると、前回の調査と比較して勤務時間は多少減少したものの、依然として長時間勤務の教員が多いことがわかります。教諭は平日1日あたり小学校で10時間45分。中学校で11時間1分という超長時間労働の職種になります。しかも、給特法により、教職調整額の4%(1日残業約20分分)が上乗せされているだけですので、どれだけ働こうがそれ以上残業代が増えることはありません。
令和3年の中教審答申では、「学校における働き方改革の推進」は4つの柱のうちの1つとして掲げられています。すなわち、「令和の日本型学校教育」を実現するために必要な改革だと示されているのです。
さらに、深刻な教員不足に対しても「待ったなし」の状態が続いています。全国の公立学校の教員不足が2,558人、1,897校で欠員といわれています。詳細にみていくと、「教師の勤務環境への風評による忌避」「 病休者・退職者が見込みより増加 」「再任用希望者が見込みより減少」など、教師不足の要因として挙げられている19項目のうち14は業務改善で解決できる可能性があるものです。
重要な視点として、「先生が多忙であるとどうなるか」を紹介します。「勤務校において多忙と学級崩壊は関係している」と回答した先生は94%にのぼりました(先生の幸せ研究所よるアンケート調査2017 小中学校向け調査)。また、「多忙により子どもを褒める回数が減少する」などの傾向も見られました。つまり、先生のゆとりは子どもの輝きに直結するということがいえるのです。
3つの切り口とよくある相談
先生方の働き方改革には、「自助」「共助」「公助」の3つの切り口が欠かせません。このどれかだけを特化して行ったとしても、変化が感じられないというケースも少なくありません。さらに、自助も共助も学校だけでなく、公助で支援するという姿勢が行政には必要です。
数年前までは教育委員会から「何から始めたらいいかわからない」「考え始めるきっかけがほしい」という相談内容が多かったのですが、最近では「人的支援もICT支援も研修も行ったがそれでも変わらない」「働き方改革プランも事例集も作ったが、効果を感じにくい」といった声が聞かれるようになりました。実はすでに業務改善の打ち手は多数出ています。それでも変われない、「変わりにくさ」が学校にはある。それを次項からお伝えしていきます。
※参照
・文科省 全国の学校における働き方改革事例集(令和5年3月改訂版)https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/hatarakikata/mext_00008.html
・経産省「未来の教室」とEdTech研究会(2019年)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mirai_kyoshitsu/
変わりにくさの構造的な課題1 システムエラー
「ICT端末の配布」や「働き方改革のノウハウ共有」「組織体制」など環境面など見えやすい部分は変わったけれど成果が上がらない場合には、「組織風土」や「心理的安全性の低さ」「本質的な課題」など見えにくい部分に原因がある可能性があります。見えやすい部分と見えにくい部分、どちらも意識して 全体的な解決を目指していくことが大切です。
文科省が提示したいわゆる「3分類14項目」の分類は、特に優先して押し進めていけるとよいのではないでしょうか。下記の図の左側から「基本的には学校以外が担うべき業務」「学校の業務だが必ずしも 教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが負担軽減が可能な業務」に分けられています。実効性を高めるために行政は、それぞれ現場の声に耳を傾けて、必要に応じて制度の整備や事業化を行う必要があると思います。
また、3分類に当てはまらない業務が学校には無数にあると考えています。青森県の学校現場の状況を把握するために、教員の皆様に向けた「青森県の教育に関するアンケート調査」で出された項目をどんどん議論のテーブルに上げていくことが必要だと考えています。予算が絡まずにすぐにできることは早々に着手していくことが重要でしょう。
また、学校が変わっていくためには保護者の理解が欠かせません。学校が変われない真因のひとつとして、「保護者・地域からの過度な期待」が挙げられるからです。実際、学校現場において「保護者の理解が得られないかもしれないから前年通りにしよう」と意志決定されることは少なくないのです。変化の難しさは学校内の問題だけではなく、地域・保護者や教育委員会など全体的な構造にあります。自助、共助、公助のどの「助」にも共通して市民の理解が必要です。
そして、地域住民や保護者の方には、世論の盛り上げと学校の応援をお願いします。こうした世論の盛り上がりは、4つ目の「助」になり得るものかもしれません。
教育委員会も学校長も裁量範囲が曖昧なために、誰も着手しないでいる課題が生まれてしまうことがあります。1回目の会議で議論された通り、学校長の裁量範囲の明確化をしていくこと。これにより、こぼれ球をなくせます。仕分けをして、公助(行政裁量)のものと共助(学校裁量)のものに区分けし、共助の項目に関しては学校の自己決定を尊重し行政は支援に回ることが求められます。
変わりにくさの構造的な課題2 校内の様子
共助の改革には腹を割って話し合うことが欠かせないのですが、学校組織内の意見が多様なために初動で止まっているというケースもあります。個別にヒアリングをしていくと、各自の経験が基になっていて誰か一人が間違えているということではないことがわかります。そうした違いを理解して、対立から対話へ移行し、多様すぎる価値観を統合することで乗り越えていくことが求められます。
「先生の幸せ研究所」の調査では、「変化に前向き」な先生は5%ほどで、「自分の可能性に限界を感じ誰かの行動を待っている」(10%)、「あきらめが強く、ゆとりもないため つい見て見ぬふり」(75%)、「現状維持を強く希望」(10%)という分布になっていることがわかりました。「変化に前向き」な層を核として10%や75%の「変えられるなら変えたい……」と思っている先生方をうまく巻き込みながら進めていけると、幸せな改革になりやすいです。一方で、「変化に前向き」な先生が孤立した改革者になりがちであるという課題もあります。また、「現状維持を強く希望」している方は1つの価値観に固執して変化を妨げようとしますが、自身の中での納得が得られるとガラリと変化に賛同するケースもあります。
大切なことは、単純に「変化即正義」と飛びつくことではなく、「現状のメリット・デメリット」「変化のメリット・デメリット」を勘案し、自分たちにとっての納得解を考えることです。
学校が変化するには組織開発が必要です。特に重要なことは、心理的安全性・同僚性です。ある学校では、この心理的安全性が土台となり、自発的に教材共有や気軽な情報交換が増えて、トラブルや突発対応が減少し、働き方改革で直接生み出したと推定される時間以上に残業時間が減少しました。
もう一つが、納得解づくりです。二項対立ではなく、民主的に決めていく。つまり、学校をチームにしながら働き方改革を進めていくということが可能だと考えています。このような取り組みを重ねていくことで、個々の先生方の資質・能力も向上していきます。つまり、「働き方改革」は先生たちの探究学習になっているのです。
改めて、学校の働き方改革の目的は「教育の質の向上」です。
そのため、
仕事の質=価値÷時間
で考えていく必要があります。仕事の質を上げるのは「価値」と「時間」に目を向けることが求められます。つまり、「生み出す価値を大きくする」「かける時間を小さくする」 観点が必要です。そして、これも第1回の議論に出ましたが、どんな価値を生み出したいのかを定めることも欠かせません。
働き方改革の本丸は授業改革
学校現場には、「子どもたちのために」と今の仕事を選んでいる先生方がとても多いものです。そのため、「ただ早く帰れるようになりました」という成果に対してはモヤモヤした感情を抱く方もいます。生み出した余白の先に、授業が良くなることや子どもの学習の質が向上することを求めているのです。
そして、私は働き方改革は生き方改革でもあると思っています。 教員として「こうありたい」という姿を実現するものであり、そして、 ゆとり・やりがい・子どもの学びの質の向上を同時に実現していきます。この取り組みは、 先生方の「人生」と「仕事」のどちらも幸せにすることにつながっていくと考えているのです。
有識者による意見交換(敬称略)
■「形状記憶マインド」が働き方改革のストッパーに
管理職だけではなくて、教員や事務職員が自分の裁量の範囲がわかっていないことがあります。働いている中で、自己コントロールができないつらさを感じているのではないでしょうか。(副議長・森万喜子)
例えば、時程は学校裁量なんですが、知らない若い先生もいます。「教育委員会が決めているので」と諦めていたりするのですが、「自分たちで決めていいんですよ」と伝えると、「じゃあ、やってみよう!」と目の色が変わるようなことがあるんです。その気づきがたくさんあれば、意欲につながっていくのではないかと思います。第1回会議にも裁量範囲の可視化というポイントがありましたが、それがわかれば学校長も動きやすくなりますよね。(澤田真由美 株式会社 先生の幸せ研究所 代表取締役)
校長の裁量で決定できることは多いが、保護者からの見られ方を意識しすぎると変えられなくなってしまう。保護者は自分たちの受けてきた教育の成功体験を持っています。先生方もそうですが、自身の経験が染み付いている。私はこれを「形状記憶マインド」と呼んでいます。このマインドがあると、学校が変わろうとした時に、「これまでもやってきたから」「やらないのは今年の子どもたちがかわいそうだから」ということで変化へ批判的になってしまう。保護者の方に向けて、「学校はこう変わっていくのだ」ということを行政が広く伝えて後押ししていくことが重要です。この働きかけが意識の改革につながります。(平井聡一郎 未来教育デザイン代表社員)
先生たちも自分たちの受けてきた教育をベースにしていて、私はそれを「再現性モンスター」と呼んでいるんです。そこがネックになっている。地域の方や同窓会の方などに「昔はこうだった」と言われると、なかなか変えにくい状況があるんですよね。(副議長・森万喜子)
同窓生の影響も強いですよね。とある高校の改革に関わった際に、新たなに探究科を作ったのですが、「こんな学びでいいのか」という意見が同窓会から出たことがあったんです。行政が先生方、保護者、同窓生などそれぞれに向けてどう発信していくのかは重要だと感じました。(藤岡慎二 産業能率大学経営学部教授)
■裁量・権限の明確化が変革の後押しとなる
それぞれの裁量を可視化して俯瞰する資料を現在作成しています。これは共通認識を持った上で議論するために重要だと考えています。校長先生はパートナーであって、我々はどうしたら校長先生が最大限の力を発揮できるのか、現場を巻き込めるのか、という支援策を考えていくことが必要となってくるでしょう。(議長・大谷真樹)
「校長先生に武器を与える」ということが必要ですよね。行政からその裏付けを広く示して、それを根拠としながら「自校はこう変わっていきます」と言えるようにする。そうすると、校長先生が自信を持って取り組めるようになります。(平井聡一郎 未来教育デザイン代表社員)
学校の自立を支えることが行政のすべき大きな役割です。仕組みから変えるという点の一つとして、学校管理規則を見直していけたらよいのではないかと思っています。日本教育経営学会は、2000年の時点で、目的に学校の自主性・自立性を重視するということを書いたらどうか、という提案をしています。しかし、ほとんどの自治体でこの反映はなされていません。こうしたことをきちんとやっていくことで、人が入れ替わっても「学校を尊重する」という風土や文化を作っていくことにつながると考えています。
また、学校が自立していくにはお金が必要なので、もっと学校に予算を渡していく(校長先生裁量の予算を増やしていく)必要があるのではないでしょうか。(澤田真由美 株式会社 先生の幸せ研究所 代表取締役)
校長先生が「失敗をしたくない」という思いから冒険をしなくなる傾向があると聞いたことがあります。だから、「挑戦をすること」や「失敗をしたとしてもそれを言語化して次に活かすこと」などを、きちんと評価する仕組みを作っていくことも、校長先生のモチベーションを上げていく視点として重要ではないでしょうか。(藤岡慎二 産業能率大学経営学部教授)
■働き方改革において必要な観点
企業においても重視される働き方改革の3観点は、今回の青森県の改革においても重要ではないかと思いました。
①HR(ヒューマンリソース)
人や役割が足りていない部分に対して補充は必須でしょう。また、教職課程や新任者研修などで新たな学びを導入していくことも重要だと思いました。
②コミュニケーション
変革型の校長先生は学校の中で孤立してしまうことがあります。校長先生の奮闘が組織の中で正当化されないというフェーズがあるんですよね。校長先生が実行していることを、教育委員会としても「進めていってほしいこと」としてどんどん後押しをしていく。あるいは、コミュニケーション施策として、県内の学校のグットプラクティスや校長先生のロールモデルを伝えていくことも大切です。多様なコミュニケーションで校長先生を後押ししていくことができれば、変革を広げていくことができるのではないでしょうか。
③ルール(仕組み)
意識や個人の能力だけでは超えられないこともあるので、そうした点についいては仕組みとして抜本的に改革するということも必要だと考えています。例えば、給特法はありますが「青森県では異なる基準で進める」といったことを示す。そして、一定のラインを超えたら教育委員会の支援が入って腰を据えて働き方の改善を図っていくような仕組みを作るなども考えられるのではないでしょうか。基準を作ることで再現性を持って取り組めるようになると考えています。青森県が全国の先陣を切って仕組みづくりをすることを目指してもよいのではないでしょうか。(讃井廉智 ライフイズテック取締役、最高AI教育責任者(CEAIO))
■先生の自立と子どもの自立はつながっている
働き方改革の本丸が「授業」といったときに、子どもたちも自立的な子どもでないとどんどん仕事は増えていく一方なのではないかと思うんです。同様に、「先生方にお任せしますよ」という管理職と教員のパートナーシップも大事ではないかと考えています。(副議長・森万喜子)
与えすぎ問題は大きいと思います。子どもへどう接していくかで、子どもの自立度は変わっていきます。先生が引き算をしてご自身の時間を作っていくことで、子どもたちが活躍する余白ができていく。教育委員会と学校の関係も相似形だなと思っています。(澤田真由美 株式会社 先生の幸せ研究所 代表取締役)
「自立したコミュニティでこそ自立した個人が育まれる」といわれています。自立した子どもを育てるために、「自立した学校をどう作っていくのか」がすべての関係者が考えるべき命題といえるのではないでしょうか。(藤岡慎二 産業能率大学経営学部教授)
組織の中での仕事の正当な分配を検討していくことが、熱心な先生を守ることにつながっていくと考えています。また、追い込まれている先生を守るという意味で、校長先生は「いつでも相談に来てください」とドアを開けておくことが必要です。こうやって先生方を守ることが、ひいては自立にもつながっていくのではないでしょうか。(三戸延聖 弘前大学教育学部教職実践専攻・教職大学院教授)
澤田さんがお話していた通り、働き方改革は先生方の探究学習なんです。生徒への授業を変えていくことは、自分たちの働き方を見直していくことにもつながる。ちなみに、授業だけでなく特別活動についてもいえることです。現在あれだけたくさんの学校行事ができているのは、先生方が手間暇かけているからです。それを子どもたちに委ねていけば、そんなにたくさんできるはずがないんです。本当に大事なものだけに絞られていき、子どもたちが自分たちで作り上げていくことが重要ではないでしょうか。(平井聡一郎 未来教育デザイン代表社員)
私は学生向けの研修プログラムを実施しているのですが、その中で、ある程度軌道に乗せることができれば子どもたちは勝手に学んでいく力を発揮していくんです。そして、その自力で学んでいくところが一番大きな学びになっている。一方で現場の先生にとっては、最低限ここまでは担保しようというラインを明確にしておかないと、手を離しにくいのではないかとも思います。(森山達央 スパイスアップ・アカデミア代表取締役)
「3分類14項目」の分類については、青森県の先生方へのアンケートが出てきたら随時テーブルに上げていく。青森県が教育改革を実際にやってみてどうだったかということを全国に提言していきたいと考えています。例えば、学校徴収金などの業務をなくしていくなど具体的な取り組みに落とし込めるといいですよね。(三戸延聖 弘前大学教育学部教職実践専攻・教職大学院教授)
「3分類14項目」の分類など具体的な取り組みをしていくと、別の問題が浮上してくるといったこともあると思います。この会議においても、ループ図などを描いて構造化し、使えるリソースを洗い出して、配分していくことが重要ではないでしょうか。(藤岡慎二 産業能率大学経営学部教授)
学校現場にはたくさんの困難があって、打ち手が見えず無力感を覚えている先生もいます。まずは見える化することがやはり重要ですよね。そのために、アンケート調査もそうですが、私たちができるだけ学校現場に伺ってお話聞きたいなと思っています。(副議長・森万喜子)
余裕がない先生方に、まずは「応援団としてお手伝いします」ということをお届けしていくことが、この改革会議の第一歩ではないかと思いました。そうすることで、やっと支援策が届き始めます。そして、予算がついて、行動まで落とし込まれていくという流れではないでしょうか。「先生方の幸せとその先にある子どもたちの幸せのために、そして青森県の未来のために我々はお手伝いをするんです」という意志をメッセージとして伝えることも非常に重要ではないかと改めて思いました。(議長・大谷真樹)
第3回青森県教育改革有識者会議は9月14日に開催予定です。こちらも開催後、動画と記事でご紹介いたしますのでぜひお楽しみに!
▼澤田真由美さんの書籍はこちら▼
【第1回会議はこちらからご覧いただけます】
Written by 教育ライター佐藤智