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【第11回】青森県教育改革有識者会議実施内容まとめ〜広島県教育改革最前線〜

2024年1月9日に第11回青森県教育改革有識者会議が開催されました。本会議では、広島県教育委員会教育長の平川理恵氏にご講演をいただき、その後、委員による議論がなされました。

はじめに(大谷真樹議長)

今回は、青森県に向けたご講演にご快諾いただきまして誠にありがとうございます。広島県の事例が広島県内でとどまるのではなく全国へ広がっていくことを願ってお話いただくお時間を取っていただいたのだと理解しています。広島県で進んでいることを、いかにして青森県に取り入れていくか。きちんと考えていきたいと思います。そして、ゆくゆくは青森県の教育改革も県内にとどめるのではなく、日本全国の教育を底上げしていくことに活用すべくオープンにしていきたいと考えています。

パッとわかってグッとくる会議内容グラレコ(森副議長作)

広島県教育委員会教育長 平川理恵氏ご講演

組織風土の変革

私は20代はリクルートに勤務、30代は起業して留学斡旋会社を10年間営んでいました。 その後、40代で民間人校長になり、現在50代で広島県の教育長となり6年目を迎えています。

教育長として、これまで取り組んできたことは、とにかく組織風土を変えること。湯﨑英彦知事から教育長のお話をいただいた時に、「広島県と縁もゆかりもない私をどうして指名なさったんですか」とお尋ねしたら、「学校、あるいは教育委員会の組織風土を変えてほしい」とおっしゃっていたので、その点は注力してきました。とはいえ、組織風土を変えることは非常に難しく、現在も四苦八苦しています。

これを実現するために、まず、何よりも大切にしているのは、私の考えを直接伝えることです。一例を挙げると、私が業務で気づいたことや普段考えていることなどを手書きで書いた「平川通信」という瓦版を作って、庁舎内に掲出してもらっています。配ったりメールを送ったりしても、じっくり見てもらうのも難しいかなということで、トイレにも貼ってもらっています。目の前だから絶対に目に入る。トイレの時間をハッキングしているわけです。

もうひとつは、新しい景色、新しいビジョンを共有することです。例えば、アメリカの教育ドキュメンタリー映画『Most Likely to Succeed』の上映会や熊本大学大学院の苫野 一徳先生との読書会などを開き、先生方に教育の未来像を見ていただく機会を設けました。また、長野県の風越学園や徳島県神山まるごと高専など、積極的に先進事例を視察して、それをどう広島県に取り入れていくかを検討しています。

もう一つ大切にしているのは、現場主義です。2018年の4月に着任して県立学校の103校(当時)全てを9か月間で訪問しました。広島県全自治体23市町の学校も訪問しました。今も現場主義で、学校に足を運んで実際にどうなっているのかを把握することを大事にしています。多様な学校があり、入った瞬間に「この学校はうまくいっているな」と感じることもあれば、「ここはかなり厳しそうだな」と思うこともあります。そうした視点は学校を見れば見るほど磨かれていくものです。

「教育の根源」を問い直す

広島県教育大綱には、「一人一人が生涯にわたって学び続け多様な人々と協働して新たな価値を創造する人づくりの実現」と明示しています。

そして、とかく気にしているのが「教育の根源」とは何かということです。それを短期だけではなくて長期で捉える。そして、多様な環境でそれを実現することを重視しています。「根源」「長期」「多様」というキーワードを繰り返して取組にあたっています。

「教育の根源とは何か」の問いについて、私見ですが「人間とは何か」そして「生きるとは何か」を主軸にしていくということなのではないかと考えています。一方で、現在の学校は「みんなと一緒」ということを教えすぎなのではないか、という思いがあります。

また、これはアンチテーゼですが、「根源的でない教育」とは何かといえば、各教科の本質的な概念を教えるのではなく、表面的なスキルばかり教えるという状態です。「長期でない教育」とは、「今学期」「今年だけ」という短期的な思考に陥ること。「多様でない教育」は、「テストに強い」や「テクニックだけ」といったところだけに焦点が当たっているような状態の教育です。

そして、根源でなく、長期でない、多様でない教育を続けていると、「いつも元気で明るいが人間的に深みがない」「 この学年・学期はよいが人生が何たるかがわかっていない」「テストには強いが人間としての強みがない」という人間になっていきます。繰り返しになりますが、だからこそ「人間とは何か」「生きるとは何か」ということを主軸にした教育こそが重要だと考えています。

私が広島県に赴任する以前の平成26年12月から広島県版「学びの変革」アクション・プランが策定され、教育の改革はすでに始まっていました。現在は第3期目で、さまざまな学校が工夫をこらし、好事例を生んでいるところです。

IB(国際バカロレア)スクールとイエナプランスクールの誕生

広島県の「学びの変革」の象徴的な例として、「学び変革」のリーディングスクール・広島叡智学園の創設が挙げられます。この学校は、2019年に瀬戸内海の大崎上島に誕生したIB(国際バカロレア)の学校です。公立の中高一貫校で、定員は、中学校は1学年40人、高校から外国籍の生徒を20人としており、日本語DPと英語DPのどちらも開講しています。

特に注視していただきたいのが、ICTの活用です。生徒たちは日常的に探究的な学習のみならず、様々な場面でICTを使っています。探究学習が進まない限り、ICTを導入してもデジタル一斉授業になってしまう懸念があります。つまり、探究学習をいかに実践するかという中に、ICTの活用があるのだと考えています。広島叡智学園では、企業での使用と同じようにICTを用いて、ファイルの共同作成をしたりデータ分析を行ったりしています。

高校だけでなく、義務教育段階から変革は必要です。広島県では義務教育に、イエナプランや自由進度学習、英語の学習指導法「5ラウンドシステム」といったことを取り入れています。

まず、異年齢集団を基にしたイエナプランですが、従来の学級編成は、1年生・2年生・3年生と学年ごとに分かれていました。社会の中では異年齢で構成されているのに、学校はどういうわけか学齢で分けてきたのです。その学齢主義を解くのがイエナプランです。

2022年にイエナプラン教育校として福山市立常石ともに学園が開校しました。結果から先に申し上げると、昨年度の全国学力学習状況調査の質問紙調査では、「自分には良いところがあると思いますか」という問いに対して、肯定的に回答した子どもが100%。さらに、「先生はあなたの良いところを認めてくれていると思いますか」という問いについても、肯定的に回答した子どもが100%となりました。すでに、成果が表れていることを感じています。

常石ともに学園で進めている学びの特徴として、ブロックアワーとワールドオリエンテーションがあります。各教科を学ぶブロックアワーでは、学力の基盤となる「言葉と数」の習得に向けて、こどもたち一人ひとりの理解するスピードを大事にし、対話的・体験的に学ぶ場を組み合わせて学んでいます。教科で学んだ知識を活用しながら相互的に学ぶワールドオリエンテーションでは、教科・学年を超えた探究を行っています。

常石ともに学園は教育課程特例校制度を使っているわけではありません。そのため、「普通の学校で実施できているのだから、自校でも取り入れられることがあるのではないか」と他校の先生方が積極的にカリキュラム等の見直しに取り組む機運も高まっています。イエナプランと名乗ってはいなくても、イエナプランで取り組んでいるブロックアワーやワールドオリエンテーションを参考に、自由進度学習に取り組んだり、異年齢で総合に取り組んだりする学校が広島県内で増えてきています。常石ともに学園のような象徴を一つ作ると、既存の義務教育の概念に縛られていた学校も、「もっとこうしてみよう」と挑戦するようになっていきます。

こうした様々な学校での取組の結果、授業中にパソコンを使っている子もいればノートに書いている子もいる、上の子が下の子に自然と勉強を教えている、国語・算数・理科・社会すべて自由進度学習にしている、といった学校が出てきています。

特別支援の考え方を生かした個別最適な学び

通常の学級と特別支援学級を切り離した考え方では、学校運営はうまくいかないと考えています。県教育委員会では義務教育指導課の中に、特別支援学級の担当を5人配置しています。特別支援教育課には置いていません。なぜならば、特別支援学級は義務教育の中にあるからです。

特別支援学級だけでなく、すべての学級において多様な子どもがいるという前提に立ち、個別最適な学びを追究していく必要があります。

特別支援の考え方を生かした個別最適な学び推進プロジェクトとして、一人一人に合った学習環境の整理や学校全体でポジティブ行動支援も行っています。ポジティブ行動支援とは、ポジティブな行動を、ポジティブに支援する仕組みです。例えば、「算数が嫌い」という子どもに対して、「どうして嫌いなのか」ということを共有して、どうすれば本人にとって価値を感じられる成果につながるかを、肯定的に支援していきます。 こうしたことを特別支援学級で取り入れていくと、通常の学級にも必ず波及していきます。特別支援学級の取組から、通常の学級の先生方が学んでいくのです。

不登校支援の取組

不登校の支援として、学校の中にスペシャルサポートルーム(SSR)を設けました。これは私が横浜市の中学校で行なってきたことでもあります。この部屋へは、通常の学級からも来ることがありますし、特別支援学級から来ることもあります。他の児童生徒の視線を気にすることなく入室できるようにしたり、学習できるスペースを設けたりしています。

SSRの中で、不登校の子どもたちがオンラインでつながって行うオンライン部活をスタートしたところ、学校に来ることが出来る子どもたちが増えました。そこで東京大学の先端科学技術研究センターの中邑賢龍先生に名誉校長になっていただき、県立教育センター内にある特別支援教育棟2階に、子どもたちがリアルでもオンラインでも繋がれる「School”S”」を作りました。

現在(令和5年12月末時点)までに、243名が登録しています。ここは学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)にはしていません。学びの多様化学校にすると、ここに通う子どもたちは地元の学校から除籍されることになります。そうすると、「行事だけ参加したい」「学校に戻りたい」と思っても戻れなくなってしまいます。

「School”S”」は月曜日を休みにし、火曜日から金曜日で開校しています。月曜日に子どもが籍を置く小中学校と密接に連携をしています。その結果、月曜日は地元の学校に登校し、火曜日から金曜日は「School”S”」に行くという子どもも出てきています。

運営は教育委員会事務局の指導主事12人を配置して行っています。人員確保は厳しい状況ですが、一つ言えることは指導主事がすごくやりがいを持っているということです。「School”S”」では、実際に不登校の子と接しながら、どう対応すればいいかを具体的に研究しています。これを経験すると、不登校を解決するためのヒントを得た状態で学校現場に戻っていくことができます。最初から不登校に対してどう接したらうまくいくのかという解答を持った先生はいません。県教育委員会事務局の指導主事という立場の時に試行錯誤した経験が、教育現場に戻って生かされていくのです。そして、また、新たな指導主事が「School”S”」に勤務し、学びが循環していきます。すなわち、ゆくゆく現場に戻る教員の研修の一環になっていると考えています。

専門高校のアップデート

続いて、高校教育のアップデートとして、コロナ禍に入る前の2020年1月に商業高校の教員とロサンゼルスのビジネスハイスクールへ視察に行きました。ここは低所得層の子どもたちが通うビジネスハイスクールで、タトゥーを入れている子もいれば、ドレッドヘアの子もいます。こうした子どもたちが、一生懸命勉強していたんです。それを見て、商業高校の先生たちは「これまで生徒指導ばかりしてきたけれど、必要なことは生徒指導ではない。 カリキュラムさえ良くなれば、子どもたちは必死になって学ぼうとしてくれるのだ」ということに気付かされます。

そこで、その夜「すぐにカリキュラムを作りましょう」と言い、昼間見てきたものをみんなで吐き出して、滞在中にカリキュラムの本質的な問いを作りました。その時に作成されたのが、「生きるって何?」というビジネス探究プログラムです。これは「生きる」と「学ぶ」ということはどう関わっているのかを考えていく学びです。

広島県の場合、商業高校に来る子で本気で商業を学びたいと思って入学してくる生徒が少ないという課題がありました。学びへのモチベーションが持てない生徒が多いので、ある商業高校では1年間で30人くらい退学していました。それが、新たなカリキュラムにした結果、現在では学校を辞める子は少なくなりました。さらに、保護者の方から、「普通科ではなく商業高校にいって起業家精神を養ってこい」と勧められて入学してくる子どももでてくるなど、広島県では商業高校が非常に熱い状況となっています。

実際の授業の内容は、1時間目に「生きるって何?」について書きます。最初の段階では、うまく言葉にできず、書けたとしても1行程度でした。それが、4時間学びを続けていくと、びっしりと書けるようになっていきます。あまり自己肯定感が高くなかった子たちも、「私書ける! 言いたいことがあるからだね」と語り合って自信をつけていくこともできます。「言いたいことがある」「自分のことがわかる」と人は変われるということを、生徒たちは実体験として学んでいくんです。

さらに、2年生は、アメリカのアントレプレナーシップの「Entrepreneurship Essentialsプログラム(EEプログラム)」を使い、アメリカの教科書を使ってビジネスを学んでいます。EEプログラムを実践する中で考案したビジネスモデルを各校の生徒代表が発表し、最終的に選ばれた2~3名が、ニューヨークで20カ国程が集まる世界大会に出場します。今年は世界3位に輝いた子が出ました。この3位になった子はいわば”普通の子”です。英語の成績も、中学校の時によいとは言い難い状態でした。機会さえあれば人生は大きく変わるのだ、ということを実感していると思います。

なぜ、教育改革の中でも商業高校に注力しているかというと、広島県内の定着率が高いからです。広島県の産業を支えるのは、専門高校の子どもたちです。こうした子どもたちをどうモチベーション高く育てていけるかということが非常に重要だと考えています。

「生きるって何?」という学びを体験している子は、どんなところで働いていても、自分のことをよく理解し、前向きです。商業高校で実績が出たこの学びの手法を、工業高校、農業高校、あるいは普通科、総合学科校など全てに落とし込んでいこうと考えています。商業・工業・農業を担う人材への教育をアップデートし、広島県でバリューチェーンをつないでいくことを構想しています。

特別支援学校については、地域と連携をしたキャリア教育にかなり力を入れています。例えば、ICTを活用した取組として、分身ロボットOriHimeを活用して自宅にいながら接客ができるような活動を実施しました。

また、学校図書館や県立図書館の改革を進めています。なかなか予算の確保が難しい状況ですが、県立図書館には「子どもサイエンスライブラリー」を作りました。なお、広島県は公立高等学校における学校図書館司書の配置が平成28年度時点では47都道府県中最下位だったんです。道半ばですが、現在は19校に配置をしました。学校図書館は、知の探究の拠点であるべきと考えています。持論ですが、本嫌いの子どもはいないと思っています。本を読まないのは、読みたい本がその場にないだけであって、きちんと興味のある本を置けば子どもは本を読むんです。

教育委員会をフレキシブルな組織へ

続いて、フレキシブルな組織となる教育委員会をどうやって実現していったかという点を時系列でお伝えします。平成31年度に個別最適な学び担当を置いて、新たな教育を生み出すことをミッションに視察や研究等を行なってきました。

令和2年度には学校教育情報化推進課を設置し、県立高校への一人一台端末を進めました。その結果、広島県では新型コロナウイルス感染症が蔓延した際に比較的スムーズにオンライン授業等に対応できました。

そして、先述しましたが、令和4年度には、義務教育指導課に「特別支援学級プロジェクトチーム」を置きました。通常の学級と特別支援学級の双方をうまくいかせるためにはこの配置しかないと考えています。

総勢12人の指導主事がSSRや「School”S”」に常駐して、指導主事が直接子どもたちの支援にあたっています。

また、義務教育指導課や高校教育指導課などの教育指導関係課にはフリーアドレスを導入して、常に担当を超えて話し合える環境が生まれています。

もう一つ取り組んでいることは、限られた予算の中であっても職員が県外へ多く視察に行けるようにしたことです。視察をした結果、広島県にどう取り入れていけばいいのかを検討してもらい、どんどん取り組んでいます。県外視察の旅費は5倍ほど増えました。

女性の管理職比率も変化しています。 令和5年度時点で、小中学校に関しては管理職の45%が女性となっており、教育委員会事務局の中でも24%が女性です。女性がいないとどうしても学校経営、学校運営等、あらゆる学校での出来事が男性の理論を中心に議論が進んでしまいがちなので、女性がある一定数は入っている必要があると考えています。

教員の役割は、ティーチャーからファシリテーターに転換していく必要があると思います。これまでのような、知識を一方的に伝達する授業から脱し、子どもたちが進んで探究する授業としなければなりません。授業を変える時には、教職員研修が非常に重要になってきます。本県は、「ブルーム分類学」に基づいた、深い思考を促す「本質的な問い」を軸にしたカリキュラム・マネジメントを必須としています。

研修のあり方も工夫しました。これまで単発で行っていたような研修を統合し、初日は「これからの学び方」、2日目が「発言と評価」としてPBL(Project Based Learning)の視点を取り入れた単元計画の作成、3日目が実際に作った単元を元に、明日からの授業に活用していくプログラムです。これをオンラインで行うことでICTリテラシーの向上も企図しています。このプログラムは、全教員受講を目指しており、現時点(令和5年12月末時点)で55%の受講率となっています。今後3年間で全教員受講を達成する予定です。

公立高校の入試制度の改善

公立高校の入試制度を改善しました。1番の大きな変化が、内申書といわれる調査書の扱いです。改訂後は、出欠席の欄を削除しました。現在、企業においても勤務時間中にただ座っていれば給料がもらえる時代ではなくなっています。学校においても、ただ出席すれば評価される時代ではないと考えています。大事なことは、何を学ぶのか、ということです。

その結果、体調の悪い中、無理をして登校する必要はなくなりました。また、学校関係者の中で「オンラインでの受講は出席扱いなのか」という不毛な議論が見受けられましたが、広島県においては一切ありません。入試に関係ないので、そんなことはどうでもいいんですよね。

さらに所見欄を廃止しました。これまでは中学校の先生たちに一生懸命書いていただいていたのですが、基本的に所見欄だけで合否を決めるということはありません。それなのに、保護者の間では、所見欄をよくするために中学校の先生にゴマをすらなければいけないという都市伝説のようなものが蔓延していました。中学校の先生がどう見るかよりも、子どもが自己表現をできることの方がずっと重要なのではないかと考えて、そちらの活動へと移行しました。

自己表現について解説すると、個人と社会の関係ではまずは「私とは何者か」「自分はどういう人なのか」「どんな人生を送りたいのか」「何が好きで何が嫌いか」などの「自己認識」が全てのベースになります。さらに心理的安全性が確保されれば 「自己開示」することが出来ます。 その後にある「自己表現」を、広島県では15歳の春に身につけさせたい力だと定義したのです。

この入試制度の改善についてパブリックコメントを取ったところ、1545件ものコメントが寄せられ、そのうち児童生徒からのコメントは325件にものぼりました。入試制度の改善は、当時の中学校1年生から実施するという発表をしていたのですが、「中学1年生の時から必死で勉強してきたのに、それが評価されなくなることがショックです。内申点にビクビクしながら色々なものを犠牲にしてきたのに、今更変更になるのは悲しい」というコメントが寄せられたんです。「改革されるということがわかっていたら、クラブ活動や趣味にも目を向けて、違った意味で充実した中学1年生の生活が過ごせたはず」という意見が多くありました。

私は変えるならば早く変えた方がよいと思っていたのですが、いわば「後出しじゃんけんだ」という指摘を受けて、当時の中学1年生からの変更を見送り、これから中学校に入ってくる小学6年生からの適用としました。そして、「学力検査」と「調査書」と「自己表現」の比重を、6対2対2としました。さらに、学習の記録(評定)では、1年生を1、2年生を1、3年生を3とし、受験時の状況を最も重視することとしました。

結果的に、子どもたちの意見を取り入れたことは主権者教育につながったのではないかと思っています。自分たちが意見を言って行政が動いたという経験をしたことがある人はそういませんよね。

そして、現在高校1年生の生徒たちにオンラインで「検査当日に、自分なりに自己表現できたと思いますか?」という任意のアンケートを行いました。約14,000人中、8,000人以上、約95%が「自分なりに自己表現できた」と回答してくれました。先生が内申書を書くと思うと、子どもたちは「こんなことが足りない」「こんなことがダメだ」とマイナスポイントばかり目を向けがちです。一方で、自己表現をしたことで、「自分にはどういうよさがあるか」という目で自身を見ることができたと考えています。

1つは主権者教育、それからもう1つは自分への見方が変わったということが入試変更の大きなポイントだと思います。そして、校長先生方に聞くと、現在の高校1年生は2年生・3年生に比べて、自己表現力があると感じていると言います。中学校や高校での指導も関係していると思いますが、入試の変化は子どもたちに大きな影響を与えているのではないかと考えています。

ここまで様々な取組をお話ししてきましたが、広島県の改革が100%うまくいっているというわけではありません。皆さんのお力をお借りしながらなんとかやってきたという状況です。これからも、少しでも子どもたちのためによい方向に動かすことができたら、と思っています。

委員による意見交換(敬称略)

■現場との温度感をどう合わせるか

市町村の教育委員会や現場の教員とどう温度を合わせて改革を行なっていったのでしょう。そして、ギャップがあったとしたら、それをどう埋めていったのかを教えてください。(議長 大谷真樹)

膝をつき合わせてとにかく話に行く、 もうこれしかないと思っています。対話を繰り返せば、わかってくださる方も多くいます。県内で差ができてはいけないと思っているので、新たな取組の価値などはきちんと話して伝えています。
教育委員会の方は皆さん本当に優秀な方が多く、一生懸命やってくださいます。私は物言いがストレートなところがあるので、驚かれる方もいると思います。これは私の問題点なので反省しなければいけない点ですね。しかし、話し合っていると、最後には「子どもたちのためにやっているんだ」ということをわかってくださることが多いんです。
また、学校現場でも同様で、先生方とお話しすることがすごく大切だと考えています。そこで見聞きしたいい授業やいい取組は必ず職員と共有します。学校を訪問すると、普通は校長室に行って話を聞いて、お茶を一杯飲んで、それから授業を見に行くと思います。しかし、私は「直接教室に行かせてください」「子どもに会わせてください」「職員室に行かせてください」と言って直行します。さらに、図書室や理科準備室などの準備室、トイレなども必ず見るようにしていました。そして、一通り見終わった後に、校長先生に「このあたりはすごくいいと思いましたが、ここはどうですか」と伝えます。そして、「また来ますから、期待しています」と言って帰ります。嫌われ役ですが、緊張感持って学校経営を行なっていただきたいので、改善点はきちんと伝えるようにしています。(広島県教育委員会教育長 平川理恵)
 
教育長が現場に出向くことで、先生方がすごく力を得ることもあるのではないかと思います。自分がやっていることや挑戦していることを、学校の中で潰されるようなこともあるからです。そういう方々にとって、教育長に「いいね」と言ってもらえるのは励みになるのではないかと思うんです。また、私もいくつかの学校に見学に行きましたが、青森県においても学校図書館の課題は大きいと感じています。その点で広島県の取組は非常に参考になりました。(副議長 森万喜子)
 
小中学校の図書館が良くなると、学力は絶対に上がります。特に小学校は、雑学をいかに増やすかが教科の学びにつながりますよね。理科・社会の興味関心度も高まっていきます。これは私が横浜の学校に勤務していた時の実体験なんですが、学校図書館を整備したら、全国学力学習状況調査で12ポイント上がったんです。図書館改革は無理してでもやらないといけません。そこが学習の起点になると考えています。(広島県教育委員会教育長 平川理恵)

■財源の確保

財源に関しては知事の決定が必要ですよね。どう確保されているのか教えていただきたいです。(議長 大谷真樹)

幸いなことに、我々の取組について、知事には御理解をいただいていると思います。とはいえ、財源は限られているので、例えば図書館はどうやって改革しているかというと、自分たちでも資金を集めるべく、「学びの変革」推進寄付金への寄付を募るため、私が様々な企業に営業にも行きました。図書館の改革予算は、1箇所につき200万円ほどかかります。全てを私たちが主導するのではなく、様々な地域や学校種の中で1箇所変えると周りもそれに吸い寄せられて自ら変化しようと動き出すものです。そうした波及効果が非常に重要だと考えています。(広島県教育委員会教育長 平川理恵)

■タイムマシンに乗せて実際に「見る」

広島県における変革の難しさを感じたのですが、何かを変える時に大切にしているポイントがあれば教えてください。(産業能率大学経営学部教授 藤岡慎二)

当然ながら県庁にいてやらなければならない仕事がたくさんある中で、なんとか時間をつくって出来るだけ現場をまわろうと決めました。だから、教育委員会のフロアにもよく見に行きますし、職員とも話すようにしています。現場のことを知った上で、取組を投入していきます。
ただ、「見えていない絵を説明だけで理解させること」は難しい。そのため、”タイムマシーン”を使って、例えば、イエナプランであればオランダに連れていく、商業高校改革であればロサンゼルスのビジネススクールに連れて行く、また、工業高校や農業高校の先生方と全国の先進事例を視察に行く、オンラインの活用が優れていると聞きけば担当課と視察に行く、ということをしています。
私はそうやってタイムマシーンに乗せる仕事をしています。その上で、先生方から「こういうふうにできたらいいですね」と動いてくださることが1番重要ではないかと思っています。そのきっかけづくりは、教育長からのこともあれば、自分たちで気づいていくこともある。ボトムアップも、トップダウンも、両方ないと改革は難しいです。(広島県教育委員会教育長 平川理恵)

■イエナプラン、IB校設立について

青森県では少子化により複式学級が現実味を持って進行しています。これはイエナプランの方向性と沿うことができるのではないかと考えています。市町とは膝詰めで話し合っているということでしたが、新たな取組に対する市や町の教育委員会の反応をもう少し具体的に教えていただきたいです。(弘前大学教育学部教職実践専攻・教職大学院教授 三戸延聖)

イエナプランを導入した小学校は全校児童60人しかおらず、統廃合の対象になっていた学校でした。それが、イエナプランを導入後は140人程となり、約8割の児童が校区外から通っています。現在は定員の関係でお断りしているような状況も生まれています。結果的に人口減少を食い止めるような取組になりました。
オランダにイエナプランの視察をする時に、市町の教育長の皆様にもご案内をしたのですが、「どうしても見に行きたい。見てみないとイメージができない!」と福山市の三好教育長が手を挙げてくださいました。実際にオランダで見たものに対しては、「こんなやり方でどうして子どもが集中するのだろう」と衝撃を受けました。今の日本にそのまま持って帰ってくることはできなかったので、どうすればいいか、県と市が一緒になってすごく研究をしました。
しかし、1校イエナプランの学校が誕生すると、イエナプランのブラントは名乗ってはいないけれど、異年齢学級や自由進度学習をしている学校がどんどん出てきました。教育委員会が進めるかどうかだけでなく、学校独自に自発的な動きができるということもわかりました。(広島県教育委員会教育長 平川理恵)

イエナプランにおける教員研修はどのように行なっているのですか。(弘前大学教育学部教職実践専攻・教職大学院教授 三戸延聖)

国内でイエナプラン校の視察に行くなどもしましたが、最終的には学校が「自分たちでやるしかない」と思って覚悟が決まったということが大きかったです。「教育委員会が研修してくれ」ではなくて、「自分たちでやるしかない」と捉えて、どんどん特有のものを作り始めました。
私は、子ども主体という軸さえあれば、イエナプランというスタイルでなくても良いと思っています。各学校が、自分たちの学校の子供たちの状況に応じて取り組んでいただけるのが良いと考えています。(広島県教育委員会教育長 平川理恵)

IBDPでは、スコアの基準があるなど厳格さもあると感じています。IBを取るメリット・デメリットを教えてください。(議長 大谷真樹)

メリットはIBの立て付けはすごくよくできているので、それを使わせてもらいながら学びの変革を先導することができた点です。デメリットは実現するためにコストが必要となることでしょうか。(広島県教育委員会教育長 平川理恵)

おわりに(大谷真樹議長)

今回の広島県の取組については、青森県の知事と教育長もご覧になります。広島県の取組を、我々が活かし、そしてさらに他の都道府県にも広がげていくことができれば、と思っています。いただいたお話は、最終提言への策定にもつなげていきます。この度は誠にありがとうございました。

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