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令和6年度 【第6回】青森県教育改革有識者会議レポートーAIネイティブな子どもたちの可能性を伸ばす教育とは(讃井康智)ー

2024年7月22日に、第6回青森県教育改革有識者会議が開催されました。本会議の前半では特別委員のライフイズテック取締役 最高AI教育責任者(CEAIO)の讃井康智さんに講演をいただき、その後、委員による意見交換が行われました。

▼第6回会議はこちらの動画でご覧いただけます▼
本記事では内容を一部抜粋して掲載しておりますので、ノーカットでご覧いただける動画も併せてご活用ください。

パッとわかってグッとくる会議内容グラレコ(森副議長作)

讃井康智特別委員(ライフイズテック取締役 最高AI教育責任者(CEAIO))講演ーAIネイティブな子どもたちの可能性を伸ばす教育とはー

【プロフィール】
讃井康智(さぬい やすとも)
ライフイズテック株式会社 取締役 最高AI教育責任者(CEAIO)
1983年福岡市生まれ。久留米大学附設中高卒。 東京大学教育学部卒業後、株式会社リンクアンドモチベーションに勤務。 その後、独立し、東京大学大学院 教育学研究科に進学。 専門は、学びづくりを起点とした学校経営・教育政策(勝野正章教授の研究室)。 同時に、学習科学のプロジェクトで故三宅なほみ先生に師事。 各地の教育委員会・小学校・保育園などでの創造的で協調的な学びの実現をサポート。 2010年7月に中高生向けIT教育事業のライフイズテック株式会社を設立。 自治体向け事業の立ち上げ、最高教育戦略責任者(CESO)等を経て、 現在、取締役 最高AI教育責任者。公教育部門・採用部門を統括。文科省 教育データの利活用に関する有識者会議(現任)、経産省「イノベーション創出のための学びと社会連携推進に関する研究会」委員(現任)、経産省 産業構造審議会「教育イノベーション小委員会」委員、堺市教育委員会  教育補佐官、長野県教育委員会 WWLコンソーシアム 運営指導委員 、NewsPicks プロピッカー(現任)など。

AIの登場が教育に大きなインパクトをもたらしているので、会社としても個人としてもその部分を深く探究していきたいという思いから、他の会社ではあまり聞かない「最高AI教育責任者(CEAIO)」と名乗らせていただいています。

今回は「AIネイティブな子どもたちの可能性を伸ばす教育とは」という内容で、下記の構成でお話をしていきたいと考えています。
1.会社紹介
2.2040年を生きる子どもたちに必要な力と教育
3.日本の子どもたちの課題
4.AIネイティブな子どもたち
5.なぜ今教育 DXかとそのポイント

1.会社紹介 ーライフイズテックのご紹介ー

ライフイズテックは2010年に創業し、「中高生ひとり一人の可能性を一人でも多く、最大限伸ばす」を使命に、「中高生向けITワークショップ」事業からスタートしました。習い事事業が始まりですが、その後オンラインのプロダクト「プログラミング教育EcTech教材」を作るようになり、中高生向けデジタル教育のトップランナーとして様々な学びの機会・インフラをご提供しています。

現在は、学校の授業のご支援に力を入れています。中学校の技術科や高校の情報科において、プログラミングなど情報活用を学べる教材の提供や学習環境の整備などを行っています。いまでは、全国の4校な1校がお使いいただいます。

AIを使って課題解決をしていくような「総合的な学習(探究)の時間」の実現に向け伴走しています。習い事ではより高度な取り組みを実現させ、経産省の実証事業では鎌倉市の先生方が校務でAIを活用していくための研修もご一緒しています。

2.2040年を生きる子どもたちに必要な力と教育

「現在の子どもたちが活躍する2040年とは、どんな時代なのか」を考えるところから、教育は設計していく必要があります。私たちもその起点からすべての活動をスタートさせています。さまざまなレポートを研究し、地政学的な論点を除いていえることとして、大きく下記の3点があります。

①日本はより一層課題大国に
②テクノロジーの急速な発展
③価値観の変化(社会的意義/多様性重視)

①日本はより一層課題大国に
将来予測のすべての起点となるのが、今後一層の人口減少社会に突入していくという事実です。人口が減れば、今までのやり方では通用しなくなっていきます。

特に、働き手となる生産年齢人口は高齢者に対し、圧倒的に少なくなっていくことが見えています。どの産業、どの地域においても、担い手不足が顕著になっていきます。

さらに、経済的な停滞も予測されるので、それに対してどのような打ち手を講じていくかも考えていく必要があります。

②テクノロジーの急速な発展
生活のありとあらゆるところにインターネットはもちろん、AIやロボットの技術が溶け込んでいく
時代になっていきます。

IT人材とは、IT企業で働く人だけではなくなっていきます。スポーツや農業、音楽、行政など、すべての産業・領域でITを使うことが必須となります。私が全国を飛び回っていて感じることは、地方部に行けば行くほどITの力が必要になっていくということです。農業や商業の担い手、交通インフラなどの代替手段として、ITは欠かせないツールとなっていきます。

一方で、IT人材が不足をしていくだろうという予測も立っています。2030年には、最大79万人が不足するというシナリオが提示されているのです。高度IT人材だけでもこれだけ不足すると予測されるので、実際はもっと多くの人材が不足するのではないかと考えています。たとえば、プログラミングコードは書けなくても、なんらかのITツールと地域の課題を結びつけて解決していくような人材はもっと必要になっています。

③価値観の変化(社会的意義/多様性重視)
それぞれが異なる価値観や関心を持って生きていくということが、より顕著になっていきます。下記の右側に示した日本財団の意識調査からは、就職の際に安定以上に自分の解決したい課題に向き合えるような仕事を選びたいという意欲が高まっている傾向も見て取れます。

さらに、LGBTQのテーマひとつ取り上げても、年代によって大きな意識の差があることがわかります。50代以降の世代とZ世代・α世代(2010年以降生まれ)とではかなり意識が変わってきているということがいえると思います。

未来予測から得られる示唆としては、課題解決をしない国・地域は存続していくことは難しくなるということ。テクノロジーなしに仕事はできなくなるということ。そして、個人が各々が思い入れを持っている課題を設定し、解決に向かっていく時代に入ってきているということがいえます。

2040年は、全員がデジタルイノベーターになる時代だと考えています。デジタルイノベーターとは何かというと、下記の3つの要素が満たされていること。これらの力を養う教育が、すべての子どもたちに必要だと考えています。

・課題を自ら 設定できる
・次世代のテクノロジー(AI / データサイエンス / プログラミング)を活用できる
・社会をよくする アクションまで  実現できる

たとえば、「次世代のテクノロジーを活用できる」力がなければ、「それはデジタルで行った方が正確だ」「AIを活用した方が速い」ということがわからず、仕事の判断を誤ってしまう時代になっています。こうした基礎的なリテラシーはベースとして必要になるでしょう。

同時に、「課題を自ら設定できる」「社会をよくする アクションまで実現できる」ことも重要になります。いくらテクノロジーが発展しても、「この地域のこの課題を解決したい」というパッションは人間しか持つことができません。その情熱があるからこそ、人は問いを立てることができ、AIに対して「これを実現してくれ」と指示を出すことができるのです。

「社会をよくする アクションまで実現できる」について説明します。AIなどのデジタルツールによって、より簡単にwebサイトや動画などのアウトプットができるようになります。しかし、そのアウトプットに行動が伴わなければ本当の意味での課題解決にはつながっていきません。たとえば、青森市のお菓子屋さんの課題を解決するためにホームページを作ったとしましょう。ただ作成するだけでは、課題解決につながっていきません。その会社に何度も足を運び、ヒアリングをしたり顧客の動向を確認したりするようなアクションを経て、ブラッシュアップすることで、課題解決がなしえるのです。人間の役割はアウトプットをすることでもありますが、その先にある本当の変化であるアウトカムを生み出していくことです。

ライフイズテックではこれらの3つの要素の実現を目指し、実際に身近な課題をテクノロジーで解決する中高生がたくさん生まれています。下のスライドの右側の子は、アレルギーを持っていて海外に行った時にアレルゲンを外国語できちんと伝えられずにヒヤッとしたという経験を持っていました。これを自分自身の体験で終わらせるのではなく、「おそらく多くのアレルギーを持っている方が同様の体験をしているだろう」と考え、簡単にアレルギーを翻訳できるアプリを開発しました。

ライフイズテックではこうした取り組みを学校の中でも実現していけるよう、EdTech教材を使って課題解決方のアプリやWebサイトを作っていく支援をしています。

一例として、東京都の島しょ地域の中学校の技術科での取り組みを紹介します。基礎学習としてプログラミングを習得し、そこからフィールドワークに出て地域の問題について調べます。全国で行われている地域探究では「調べて終わり」になっていることが多いですが、この学校ではアウトプット(制作)とアウトカム(社会実装)までつなげていきます。実際に、町の人からフィードバックを得ながら、魅力を発信していくwebサイトを作っていきました。こうした真正の課題解決学習がデジタルを使うことでやりやすくなっています。

イノベーション人材の育成には、習熟のサイクルがあると思っています。経験学習モデルのサイクルにも似た考え方だといえます。最初の段階から、「地域の課題を解決する企画を立てて」といわれても子どもたちは戸惑ってしまいます。また、ITの学習はスキルを「学ぶ」ということで終わってしまうことが多いのですが、「実装」してwebサイトなどを作ってみることが大切です。そして、アウトプットを外部の人に見せて、フィードバックを得ることによって次なる「学び」につながっていきます。たとえば、webサイトを作ったけれど、もっと惹きつけるデザインにしたいと考えて、「今度はデザインを学ぼう」と関心が広がることもあります。あるいは、次は動画で伝えていきたいと考えて、動画のスキルを学んでいくような子も出てきます。

こうした課題解決のサイクルを回すことで、子どもたちはどんどん自信をつけていきます。1周目は自身の課題解決、2周目は学校や地域の課題解決、そして3周目には仕事にできるくらいのスキルを身につけて社会スケールの課題解決をしていくことができます。メルカリ創業者の山田進太郎さんも、1周目として学生時代に起業して、2周目に小さい会社を作って、3周目にメルカリを創業しました。実際のIT企業でも、このように3周を回すことで事業を結実させています。同様の機会を、中高生にも設けていけるとよいのではないかと考えています。

以上のようにライフイズテックでは、学校内外でクリエイティブな課題解決をしていく「CBPL(Creative PBL)」を提案し、かたちにしています。これまでのPBL(Project-based learning/プロジェクト型学習)は教室の中での調べ学習とその発表で終わってしまい、実際の課題解決型学習にまで深まらないという問題がありました。アウトプットし、フィードバックを得ていくことで、より深い課題解決型学習へとつながっていくのではないかと考えています。

山梨県では学校外において生徒・学生たちが地域の課題解決を行い、プロダクト開発にまで進められるような4週間ほどのプログラムの提供をしています。

4週間のうち、1週目はアプリやwebなどの4コースに分かれてITスキルを学びます。2週目からは各コースから1人ずつが集まり、それそれ異なるスキルを持った子どもたちでチームをつくります。そうすると、チームの中で全員が主役になれます。地域の住民や役所の方などにインタビューを行うフィールドワークを行います。その後、3週目にデジタルプロダクトを作成。4週目には発表し、フィードバックを得ます。

実際の中高生のCPBLの事例を紹介します。山梨県ではインバウンドの観光客が増えています。一方で、県内消費は上がるどころか下がっているという課題がありました。インバウンド客が富士山などの観光後、消費をせずに帰ってしまっている実情があったのです。背景として、説明書きや看板が日本語のため、すぐ近くにほうとうのお店があることや和菓子屋があるといったことに気づけていなかったのです。そこで、インスタ映えする観光地にARのQRコードを設置し、スマホでARの画面を眺めると、お店情報が外国語で表示される仕組みを作ったチームがありました。

続いて、大学生によるCBPLを紹介します。山梨の桃の収穫時期には他のエリアから学生アルバイトが来ます。しかし、素人には収穫すべき桃なのか、そうでないのか、あるいは廃棄する品なのかが一見しただけではわかりません。そのため、畑に着いても農家の方が2時間くらいアルバイトにつきっきりで教える時間が必要になっていました。農家にとっては不効率な工程なので、アルバイトを呼ぶよりも無理をして親戚一同で作業したほうがいいのではないかという話にもなっていたのです。その課題解決のために、桃の3D画像を100枚くらい読み込ませ、桃の状態を見て「収穫」「収穫しない」「廃棄」を事前学習できるアプリを開発しました。

まとめとして、地域の中でイノベーション人材を育成するために、学校教育の中では経験を3周を回していくことが重要であると考えています。1周目は中学校の技術科の授業の中で。2周目は高校の情報科や「総合的な探究の時間」、あるいは課外の時間で。そして、3周目を大学生・社会人で経験すると、デジタルイノベーターに育っていくことができるのではないでしょうか。

また、地方創生の文脈でいうと、最近では交流人口や関係人口の重要性が謳われています。なかでも、本当に大切な人材は課題解決交流人口だと考えています。進学や就職で生まれ育った土地を離れる子がいることはまぎれもない事実です。私も福岡出身ですが大学進学のために出ています。その土地にいる中高生の段階で、地域の課題解決の当事者になっていれば、たとえ離れたとしても「課題解決のためにはどうしたらいいか」と考え続けます。つまり、その地域とつながり続けるのです。これまでの学校教育では、地域の課題に触れず、課題解決交流人口にならないまま外に出ていました。地方創生の観点からも、課題解決交流人口になれるCPBLは重要なポイントではないかと考えています。

3.日本の子どもたちの課題

目指す教育を説明してきましたが、ここでいまの子どもたちを取り巻く状況を整理していきます。2022年のPISAでは科学的リテラシーや数学的リテラシーなど、いわゆる知識・スキルの部分ではポジティブな成果が出ました。これは各地域の学校の先生方の頑張りであり、素晴らしい結果だと思います。

一方で、日本財団の調査によると「自分で国や社会を変えられる」「自国に解決したい社会課題がある」などの回答は参加国中最下位となっています。この5年で若干の改善傾向が見られたものの、日本の子どもたちにはそもそも地域・社会の課題を考える機会がなかったことがこの結果につながっているのではないかと考えています。

続いて、ITで何かを作れると感じている子の割合が低いという結果も見えてきています。やや古いデータですが、2009年のPISA調査ではダントツの最下位となっています。その後、2017年のアドビ社の調査でも「自分が創造的だという実感がある」という項目について、先進国で一番低い結果となっています。

また、PISA2022においては、「ICTを用いた探究型の教育の頻度」がすごく低く出ていました。アンケートに参加した29カ国中最下位になっています。

STEAM教育の研修者の大谷忠氏は、レビュー論文の中で、これまでの日本の教育は「認識科学」、つまり理論的に現象を解き明かすことについては長けていたが、何かを創出したり改善したりする「設計科学」の部分は弱いという指摘をなさっています。

さらに、「自律的な学習と自己効力感」については、OECD各国の中で最下位に近い結果となっています。

世界でも教育が変わろうとしています。OECD Education2030では、教育の目的として、「個人のウェルビーイング」と「社会のウェルビーイング」があることが示されました。また、学習者のエージェンシー(複雑で不確かな世界を自ら学び行動できる力)を養っていく教育が求められるようになりました。

これから必要とされる力で見ると、日本の子どもたちはすでに世界の中で格差の下側にいるのではないかといえる状態が生まれています。だからこそ、その弱さを解決するために教育は舵を切っていく必要があるのではないかと思うのです。

4.AIネイティブな子どもたち

AIの登場により、子どもたちはどのような状態にあるのかを見ていきましょう。東京都から出されている調査データによると、昨年度の時点で自宅学習で生成AIを使っている生徒は、中高生で20%を超えています。遊びで活用している子どもたちを含めると割合はもっと増えるでしょう。さらに衝撃的なことは、小学生の活用も10%を超えていることです。

大学生においては、46.7%が生成AIを利用済で継続利用も約3割にのぼります。大学生にとっては当たり前のツールになりつつあるのではないかといえます。

こうした利活用が進む中で、2010年以降に生まれたα世代はクリエイター志向が強く、AIやロボットとの共創意識も高まっているというデータも出ています。下記のスライドの左側のデータでは、「ゲームを作ってみたいと思いますか」「ゲームを作ったことがありますか」を聞いていますが、小学校高学年では26.0%が「作ったことがある」と回答し、35.7%が「作りたいと思っている」ことがわかります。つまり、制作欲求が6割を超えています。さらに、低学年では「作ったことがある」と回答した子が57.6%にものぼりました。これはプログラミング教育でscratchというビジュアルプログラミングを使って簡単なゲームを作る活動をしているためではないかと考えられます。そして、「作りたい」と思っている子まで含めると8割近くとなっています。作り手側への関心については、Z世代とα世代の間でも差がひらいていることが見えてきました。

また、Z世代とα世代との間で、AIやロボットに対する認識にも差が出ました。α世代のほうがよりポジティブに受け止めていることが見て取れます。

私たちはこれからの時代を生きる子どもたちを「AIネイティブ」と定義しています。AI常時利用は当たり前になっていきます。たとえ学校で禁止しようが、使っていくことが前提となっていきます。AIにより自分の能力を速さ・生産量・質などの面においてブーストすることは当然のこととされるようになります。そうした中で、AIを理解していくことやAIと共創していくことが基礎スキルとなっていきます。その結果、知識を習得する側から創造する側に向かう人材が増え、若くして社会課題解決やクリエイティブの第一線に立つ人たちがどんどん出てきます。


ライフイズテックが関わっている中でも、驚くような変化が起きています。昨年から「AI×ゲームプログラミング」や「AI×映像制作」などのコースを設けています。その中で、子どもたちがどんなものを作っているかをご紹介します。

最初はゲームの作り方を学び、その後、ゲームのフィールドをつくる部分に画像生成AIを使い、AIで作った音楽をつけ、プレイヤーが避ける障害物の動きをプログラミングします。6時間で子どもたちはゲーム作品を作り上げることができます。これまでのテクノロジーとは比べ物にならないほどの速度で作品を作り上げられるようになっています。

また、1日体験するだけでも、子どもたちの意識の変化が起こります。もともとITに興味がある子どもたちではありますが、AIを活用し作品を作ることで、「課題解決実感」や「世界を変えられる実感」などが顕著に上がります。

中学校の「総合的な学習の時間」でAIを使ったチャットbotを作る取組を行いました。八丈島の名所である底土海水浴場についてチャットAIに入れると、もっともらしい誤情報であるハルシネーションが起きました。ハルシネーションがなぜ起きるのかというと、AIが学習をしていないからです。追加の情報をきちんと言語化したり参考になるwebサイトを指定したりしながら学習させることで、地域の人しか知らないような観光名所についても正確に伝えられるAIチャットbotを作ることができることを生徒たちは学んでいきました。

こうした取組をする中で見えてきたことは、「AIがあると子どもたちは学ばなくなる」といった言説とは全く逆の風景でした。
それどころか、
桁違いの制作スピード…圧倒的に速度が高まる
作品の多様性の高まり…手順書通りに作って学習が終了するのではなく、一人一人のオリジナルの作品の完成度が高まる
AIとの対話…子どもたちは出てきたものに対して、「もっとこうして」とAIに伝えながら試行錯誤して、作品をブラッシュアップしていく
メタ的で高次な学び…AIが出してきたものに対して批判的に思考し、もっとよくしていこうととことん考える
といった成果が見えました。

今、起きている問題は「可能性の認識差」であると考えています。多くの地域の生徒たちは、自分たちもAIを使ってこうしたクリエイティブな課題解決ができることを知らないですし、思いもよらないという状況です。

「中高生がアイフォンアプリを作っている」という事実を知っている子どもたちは、「アイフォンアプリ 作り方」と検索して、それを参考にどこにいても開発をスタートすることができます。ところが、アプリを自分で作れると思ってもいない子どもたちは「アイフォンアプリ ゲーム名 攻略法」と検索することしかできません。これでは私が高校生の時と可能性が広がっていません。

私たち大人が大切にしていかなければいけないことは、「今の中高生はこんなことができるんだよ」という可能性の認識を広げていくということだと思うのです。そうでないと、東京でプログラミングを使って色々なものを作ってきた子と、昭和の時代と変わらない認識のままでいる子が、大学で一緒になったときに、入学の時点で大きな差ができてしまっていることになります。全国的にこの格差の解消に努めていかなければならない時代になってきていると感じています。

5.なぜ今教育 DXかとそのポイント

下記のスライドは合田哲雄さんも取り上げていた内閣府の図です。中央部分の項目を、左から右へと転換させていくことが必要だと示されています。合田さんには教育の質の転換が必要であるというお話をいただいたと、私は理解しています。

下記の図のように「デジタルの変化」を縦軸、「学びの質の変化」を横軸としたときに、目指すべきは右上の「2020年代の新しい教育」の状態になることだと考えています。しかし、ともすると、計算問題がデジタル化されるだけなどの「20世紀型教育のデジタル化」が起きます。さらに、新しい学びに先進的に取り組んでいこうとする先生でも現場のリソースの枠内で考え、あまりに負荷がかかりすぎて、限界を感じてしまうようなことが生じます。新しい教育を行なっていくには、デジタル化は必須です。DXにおいては「X」の部分がとても重要です。「何を実現したいか」を考えていくことで、どんなデジタルを使うか、デジタルをどう使うのかの判断がまったく変わっていきます。学びの質の転換が教育DXの根幹だと思っています。

こうした前提を踏まえた上で、先ほどの八丈島の「総合的な学習の時間」の事例でいうと、子どもたちがキャッチコピーやコンテンツを工夫したWebサイトを制作し、島内外の人からアンケートを使ってフィードバックを得られるようにしました。

そうした取組を続けていくと、さまざまな変化が起きます。子どもたちが当事者になるので、地域に対するロイヤリティが高まります。

また、ITで課題解決をして「地域に貢献できる」と思える子どもの割合がグッと上がりました

さらに、先生方の「授業準備の時間が減った」という変化も見て取れました。

ライフイズテックレッスンひとつとっても、個別最適な学びや主体的・対話的で深い学び、社会とつながる真正の課題解決、個々の生徒の深い見取りなど実現できた変化は多様にあります。こうした「どんな変化を実現したいのか」ということから逆算して、DX化を進めていってほしいと思っています。

学びの質を変えるためには、学習インフラが必要になります。それは、ハードウェアだけでなく、思考・判断・表現するためのソフトウェアも欠かせません。これらは学校任せにするのではなく、県や市区町村単位でお金をつけて整備を進めていく必要があると考えています。「ハードはあるけれど20世紀型の学び」「ハードはあるけれど使われていない」といったことに陥らないようにすることが大切です。

教育DXの環境整備まで進んでいるという学校の場合、どうしたら変化(X)が起こっていくかというポイントについてお伝えします。

①すべては目的設定によって変わってくる
生成AIは大変便利なツールですが、注意しなければいけないことが4つあります。

旧来の20世紀型の学力観にとらわれる
合否や覚えているか否かといった学習にAIを使おうとすると、「AIは間違えるから使いにくい」といった議論になります。

学習のゴールが従来通りであれば、教科書やネット検索で十分です。AIが使われていくようになるには、子どもたちが知識を得て終わる存在ではなく、研究者のように新しい知識を作ったりクリエイターのように新たな価値を実装していったりする存在であると考える前提が欠かせません。そして、それを実現していくための壁打ちやヒントを与える存在としてAIがあるのです。「社会創造」やそれを実現していく人材の育成をゴールにしたときに、はじめてAIを使う本当の意義が出てくると考えています。

●教科の枠にとらわれる
既存教科の知識・技能習得が 目的になりがちであるため、 AIそのものの理解が不十分になりがちです。

●無料だけど質の低い AIで 判断してしまう
ChatGPT無料版など 低〜中精度の無料サービスを使うことで、生成 AIでできることを低く見積もりがちになります。また、「あえて低い精度のAIを使うことで批判的に学べる」という方もいますが、そうすると、社会で使われているAIの進化とズレが出てしまうといった懸念もあります。

●利用者のスキルにより AIの力を低く見てしまう
利用者のスキルが低い場合、 生成物の質が高まらず、 AIのレベルが低いと決めつけてしまいがちになります。

大事なことは、「こうした問題に陥りがちである」と理解した上で、活用していくことです。

②変化を実現するための組織的な伴走支援が必要
「デジタルのツールを入れたからみんなが使うようになる」わけではありません。目的設定を変えたとしても自然には変わっていかないと思っておいたほうがいいでしょう。大学院のときに、学校の中での変化がどうやって正当化され、実行され、定着していくかを研究していました(下記スライド)。経営学における「イノベーションの正当化」というフレームを援用しています。企業の場合は、新規事業の芽があります。それが「いいものだ」とされて、実際に作られて、評価されて定着するためには、時間がかかります。どうしても途中でさまざまなことがうまくいかなくなるフェーズがあります。同様に、学校でも最初の段階は必ず「変化への葛藤」が生まれます。そこに外部アクターによって変化が示されたり、子どもたちに変化が生まれたりすることで、「正当化」されていくようになります。また、具体的に授業のなかでどう使っていいかがイメージできたときなどに、「実行」フェーズとなります。

こうした正当化のステップを踏んでいかなければ、「葛藤」の段階で棄却されてうまくいきません。こうした状況は、実際にGIGAの端末活用でも起きかけています。また、「総合的な学習の時間」が過去10年間定着しなかったのはここに課題があったからではないかと思っています。

だからこそ、正当化され定着していくための伴走サポートが、2年、3年と必要になってくると考えています。「導入期」「運用期」「活用期」「定着期」と時期を区切って、それぞれの学校・先生に合ったサポートをしていくことが欠かせません。

ライフイズテックでは、実際に、先生方が使いやすい「授業支援ツール」を用意したり、段階に応じて「スキルアップ講座」を行ったりします。また、授業中でもすぐに質問できるような「カスタマーサポート」を用意しています。

これを県単位で行っていく場合には、「伴走支援するカスタマーサクセスチーム」と「データを収集&見える化するシステム」が必要になります。群馬県では外部のアクターも入れて、「伴走支援するカスタマーサクセスチーム」を作っています。また、文科省の学校DX戦略アドバイザーが機能しはじめているのは、こうした伴走支援の考え方を取り入れ出している表れではないかと見ています。

まとめ

AIネイティブの子どもたちには素晴らしい可能性があります。一方で世界から見た時には、課題解決への効力感が低かったり自律的に学習することへの不安があったりという問題を抱えています。これからは、その弱さを引き上げていく教育が必要であると思うのです。それはこれまでの教育を否定することではありません。従来の教育のよさに加えて、授業の中で問いを立てることを大事にしたり生徒の自発性を承認する声かけをしたりすることであると思っています。目標設定が変われば、そうした日々の働きかけも変化していくはずです。イノベーション人材を育てていく上でのポイントは、目的設定と伴走支援であると考えています。

委員による意見交換(敬称略)

■重要なことはDXの「X」

DXの「X」の部分で、「どう変えていくのか」という目標の部分を教育長などが意識していくことが欠かせないと痛感しました。ここをクリアしないと、次のステップにはつながっていきません。

「変化の正当化のステップ」は僕自身も感じてきたことでした。「今、自分の学校はどの段階にいるのか」を意識することで、先が見通せます。そうすれば、管理職も進んでいきやすくなるのではないかと思いました。

PBLについてアメリカでは「Place-Based Education」という表現が広がっています。P=Projectだけでなく、PにPlaceも加えて考えていく発想です。そのときに、「なぜ地域か」というと、自分ごとにしやすいことと、データを取りやすく学びがリアルになるからだと考えています。(未来教育デザイン代表社員 平井聡一郎)

DXは教育の質の変化のことだと捉えています。そこを抜きに、デジタル化が進むと、これまでの教育のよくなかった部分を助長する可能性すらあると思っています。たとえば、デジタル化すれば、小テストをして個々の子どもの正答率をすぐに見られるようになります。それを先生が見て、個々の子どもへの適切なサポートにつなげるならばよいでしょう。しかし、その正答状況を子どもたち全員に見られるように使ったら、「自分はビリだ」「他の子には追いつけない」というような状態を毎回つきつけられることになります。

それは本当に必要なITの活用なのだろうか、と思うわけです。こうした使い方は、個別最適ではなく、競争型の学びの中で絶望する子を増やしてしまうような使い方だ思うのです。デジタルの本来の良さは、「できた」や「つくれた」といった自己肯定感の醸成につながっていくということのはずです。

一人一人のwell-beingや「社会創造」のための教育が目的であるということを理解していれば、先ほど紹介したようなデジタルの使い方に対しては「おかしい」とアラートが立ちます。DXに関わらず、目標を持っておくことでブレない教育につながっていくのだと考えています。(ライフイズテック取締役、最高AI教育責任者(CEAIO)讃井康智)

■学びの必然性が主体性となる

人間の能力を劣化させていくようなアプリもあると思うんです。たとえば、携帯電話がない時代は電話番号をたくさん覚えていましたし、紙の地図だけで目的地までたどりつこうとしていました。しかし、現在は、少なくとも私はそうした力は失われています。一方で、人間の能力を拡張していくアプリもありますよね。それを考えると、「人間とはなにか」「社会はどうなっていくのか」といったことを接続しながら考えていくことが重要ではないかと思うのです。(産業能率大学経営学部教授 藤岡慎二)

馬から車へと進化したときに、当時の人たちは「馬に乗る能力を失った」と思ったはずです。しかし、今は誰も意に介さないわけですよね。つまり、社会の変化に応じて、人間に求められるスキルも変容していくということだと思うんです。だから、今の社会における課題解決ができているのであれば、旧来の能力は失われていってもいいのだと思います。また、失われている能力は何かに代替されていることがほとんどで、たとえば地理のワードを暗記する量は減っているけれど検索で情報を引っ張ってくる力は高まっているといったことがあればよいと考えています。

藤岡さんがおっしゃる通り、その変容がいいか悪いかを判断するためには、社会とつながっていることが不可欠です。学校で学んでいることに対して、「本当に学ばなければいけないことなのか」の確信を持つには、「自分で解きたい問いを持つ」か「社会に投げ込まれて精査するか」のどちらかしかないと思うんです。いまは、そのどちらもがないから主体性がないといった指摘が生まれてしまいます。子どもたちは学ぶ必然性を持てていないから学べないだけなんです。これはITの分野だけに限らないですが、「自分自身が解きたい問いを持つか」「社会とつながれるか」ということはすべてにおいて大事だと思います。(ライフイズテック取締役、最高AI教育責任者(CEAIO)讃井康智)

■進化と同時にシティズンシップ教育が求められる

SNSの使い方ひとつで悲劇が起こってしまう時代なので、技術の進歩とともにリテラシーの教育は必要ですよね。便利で影響力が大きいデジタルツールだからこそ、インパクトも出てしまう。一方で、抑制していくと「やってはいけないこと」も増えていきます。これはこれでもったいない。そのバランスの難しさも感じています。(産業能率大学経営学部教授 藤岡慎二)

都知事選でも問題になったエコーチェンバー(SNS上で自身と同一や似た価値観・思考のユーザーとつながり合うことで、閉じた情報環境になっていくこと)は民主主義の根幹に関わる課題として見るべきです。きちんと時間をかけて学び、考えていくことが必要であるにも関わらず、特に小中学校ではそうした学習時間の確保が難しい

「自分は社会をつくる当事者である」ということを体験の中から学んでいくことが欠かせないと思うのです。たとえば、家庭科で包丁を使ったからといって、それを人を傷つけることに使おうとは思わないですよね。その抑制は、相互承認や法律の知識があって成立しているわけです。しかし、SNSについてはその前提がない。現在のように対話ではなく論破をすることが尊ばれるようになると、最後に行き着くところは暴力による戦いです。だからこそ、シティズンシップ教育を行っていくことが必要だと考えています。

依存症にならないようにするためには、創る側に回っていくということが必要なのではないかと考えています。ゲームを作ると夢中にさせるためにどんな工夫がなされているかをメタ的見られるようになると思っています。(ライフイズテック取締役、最高AI教育責任者(CEAIO)讃井廉智)

私たちは、スマホもない時代に生きて、教員をやってきました。しかし、今の子どもたちは生まれたときからデジタルに囲まれている。教員たちは、自分の生きてきた社会とは違っていても、今日の話を自分ごととして捉えることが大事ですよね。私は今日はとても楽しく学ばせてもらうことができました。

讃井さんの取組は小学校でも十分実現できます小学校6年間でこの環境に浸からずに、中学にいって突然「やってみよう」というから失敗を繰り返すんです。デジタルを活用できる・できないではなくて、その環境に浸るだけでいいんじゃないかなと思うんです。

たとえば、大人は「多様性が大事」ということは知識としては知っています。しかし、多様性のある環境に浸っていなければ、自分の中でリアルには感じ得ないんです。だからいつまで経っても画一的な教育から脱却できないんです。(大阪市立大空小学校初代校長 木村泰子)

失敗して楽しむのがデジタルのいいところですよね。楽しくないところに懲罰だけ与えるのはそもそも教育ではない。「じゃんじゃん壊そう」「失敗しよう」という突き抜けていく楽しさを体感できるよさを子どもたちが味わえるといいのではないでしょうか。(活育教育財団 共同代表 日野田直彦)

おわりに(議長 大谷真樹)

青森県は体験格差に加えて「可能性認識格差」がポイントになってくると感じています。今回はその解決のためのヒントをいただいたように思います。

「楽しくないと学びではない」ということはまさにその通りだと感じ、改めて我々の学力観が問われ直していると思いました。青森県の社会や産業構造がどうなっていくのかというグランドデザインに紐づけて、どのような子どもたちを育てていくのかという学力観を見出していく必要があるでしょう。青森県は課題先進地域でもあるので、その「資源」を活かして地域でのPBLを充実させられる、非常に本質的な学びができる県であると考えました。

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