【森万喜子副議長インタビュー】「こどもが主役の学び」に向けて、学校の応援団となっていく
青森県の教育改革参画へ
ーー青森県教育改革有識者会議に参画する際に、どのような思いを抱きましたか。
「青森県が20年ぶりに知事が変わり、本格的に教育改革に動き出している」とお聞きし、とても大きな可能性を感じました。これまで私は北海道の中学校で勤務して、学校改革に携わってきました。北海道の課題も青森県と共通のことがとても多いのです。少子化や過疎化などが進む中で、どうやってこどもたちの学びを充実させていくか。私が学校現場で、あるいは全国の仲間たちとつながりながら行ってきた実践が、青森県のお役に立てるのならばと思い、有識者会議の一員としてご一緒しようと思いました。
また、私は校長時代に、兵庫教育大学(教職大学院)の政策リーダーコースに3年間通っていました。当時は校長になったばかりで「自分の役割とは何か」を模索していたんです。教頭の延長線上として実務的な仕事をしていたのですが、校長の仕事がこれでいいとは思えませんでした。校長としてマネジメントの役割を果たさなければいけないと思っていたのですが、体系的に学ぶ環境がなく、何もかも手探りの状態だったんです。そうしたタイミングで知人から紹介された大学院に、意を決して飛び込むことにしたのでした。当時の同期は各地で管理職や指導主事、教育長などとして活躍なさっています。このような背景から、学校教育の仕組みについて、あるいは管理職の役割について、関心を持ち検討を重ねてきました。そして、このような思いや学びを青森県で活かしていきたいと考えたのです。
OODAループを回し学校業務を改善
ーー森先生には、「【明日からはじめる】学校業務改善について考えるヒント集」について発表もいただきました。改めて、学校における働き方改革の重要性について教えてください。
有識者会議の初回は「株式会社先生の幸せ研究所」の澤田真由美さんから、「精査できうる仕事はたくさんある」とお話しいただきました。私も現在の学校現場を見ていて同じことを感じます。一度立ち止まって、「これは本当に子どもたちの学びの役に立っているのか」という軸で、見直してみてほしいと思うのです。
私は管理職の時代に、「子どもに直結していないことはやめましょう」と伝えていました。例えば、掲示物をたくさん貼り出すことや研究紀要作りなどは、子どもたちのためになっているでしょうか。「これまで行ってきたのだから必要なことに違いない」と思ってしまうのも無理はありませんが、本来の目的を見失っていないかを振り返ってみてください。分厚くて立派な研究紀要を作っている時はそれはそれは忙しくて大変です。しかし、その時にどれくらい子どもたちのことを考えているでしょう。まずは従来続けてきた業務を棚卸してみることが大切だと思うのです。
ーー学校によって、必要な業務と不要な業務が異なる可能性があるのでしょうか。
こどもや地域の実態に合わせて学校の方針は変わります。学校は、こどもたちが安心して通え、学べ、生活できるようにすることが何よりも重要です。そのためにはこどもたちの様子を見て、学校ごとに取り組みを精査していくことも必要になると考えています。
よく「PDCAサイクルを回す」といいますが、私は学校現場においては、PDCAではなく、OODAループ(Observe /観察、Orient /状況判断、Decide /意思決定、Act /実行)の方が合致していると考えています。子どもの表情を観察したり、現状把握したりしてから、舵を切っていく。PDCAの概念のように、先に綿密なプランがあってもこどもたちの実態に合っていなければあまり意味がありません。地域や家庭、子どもの状況を見て、手を打っていくことが学校で取り組みのサイクルを回していくポイントだと考えています。
ーー学校現場で考えて判断をしていくことがより一層重要になっていきますね。
特に、管理職には現状を見て分析し、意志決定を行なっていくことが求められます。実現するためにICTを使った方がいい場合には、苦手意識を乗り越えて活用していくことも必要でしょう。私は、先生こそが当事者性を持って動いていくことが重要だと思うのです。
全国的な傾向として、これまでは教育委員会の指示に従うように動いてきた学校も少なくありませんでした。そのため、「これをやめてもいいのかな」「こんなことをしてもいいかな」と意志決定に不安を抱くこともあるのかもしれません。しかし、繰り返しになりますが、これからの時代はより一層こどもも先生も幸せで、教育の質が上がっていくようなアプローチを各校で見出していくことが求められます。今回の青森県の改革は、こうした学校ごとの改善を理解し後押ししてくれる追い風になるものであると私は理解しています。
ーー現状を改善したいと思いながらも、「どこから着手したらいいのかわからない」というケースもあるかもしれません。
もしかしたら、「改革」という言葉から、大事に着手しなければいけないのではないかと思われているかもしれませんね。しかし、急に大きく舵を切ることは簡単なことではありません。私は学校現場に合わせて、少しずつ変革をしていくという歩みも大事だと思うのです。
例えば、私は新たな学校に赴任すると掃除からスタートしていました。掃除は今日初めて教員になった初任者から、再任用のベテランの方まで誰もが力を合わせてできます。「私はこの学校のことがわからないから」と尻込みするようなことがありません。学校には大抵物置になっている部屋やスポットがあります。そこから詰まっている物を引っ張り出して、取捨選択し、掃除機やモップをかけます。これまで交流のなかった教員同士が、一緒に机を運んだり「これは捨てますか?」と相談したりしていると、自然とチームビルディングにつながっていきます。そして、清掃後は目に見えて変化を感じ取ることができるので、学校を改善するという意識にもつながりやすいのです。
学校図書館を整理するのもいいですね。青森県だけでなく多くの学校の図書館で、古い本や破れた本がそのまま置いてあります。例えば、市町村合併前の地図は残っていませんか。前の学習指導要領時の参考書はありませんか。図書館がきれいになれば自然と子どもたちが集まってきて、本を手に取るようになっていきます。
廃棄が決まった本は、地域の方に「どうぞご自由にお持ち帰りください」と伝えてお渡ししていくこともできます。また、地域の方が学校図書館で本を借りられる日を設けるなどの仕組みも考えられますね。図書館改革は地域との連携のきっかけになりえる可能性を秘めています。
「みんな同じ」をやめていく
ーー義務教育段階ではどのような転換が図られていくとよいと思いますか。
子どもたちが学びを楽しいと思えているかが最も大切なことです。「今を犠牲にして勉強をしなければ後で困る」という感覚で学んでいると、楽しくはならないですよね。また、どこかでつまずいた子が”敗者”のようになってはいけないと思っています。そのためには、フリースクールなどの選択肢も必要でしょうし、学校の中に居場所を作っていく方法も有効でしょう。
これまでの学校は「みんな同じ」「みんな一緒に」ということに重きをおいてきました。だから、行事においてもクラスで目標を決めて、他クラスと競い合うような仕組みを作ってきたのです。しかし、本来の行事とは、勉強だけでなく、運動で輝く子も演劇で輝く子も合唱で輝く子もいるのだから、そうしたこどもたちにスポットライトを当てるという目的だったはずです。であれば、必ずしも優劣を決める必要はないはずです。
もっというと、子どもたちには学校におさまりきらない多様な得意や好きがあるはずです。そうした個性を尊重すべきです。子どもたちの24時間は子どもたちのものです。行事や部活動や家庭学習において、子どもの時間に対して、細かく「こう使え」と指示・管理しなくてもいいのではないでしょうか。こどもに委ねていくには、大人の心の中に「こどもが暇だとろくなことがない」という不信感がないかを改めて見直していくことが必要だと思っています。
ーー高校における転換のポイントとはどのような点だと考えていますか。
中学生が進路を選ぶ時、高校卒業後の自分をイメージできているのでしょうか。例えば、実業系の高校に通っている子は、「普通科に通えないから仕方なく」といった考え方になっていないでしょうか。「この学校でこれを勉強したい」「こんなことに興味がある」という思いから進路を選び、すべての生徒が高校時代の学びを楽しめるようになっていける仕組みや環境を作っていくことを目指していきたいです。
「これって本当に正しいの?」を問い続けてほしい
ーーこれから有識者会議をどう進めていきたいと考えていますか。
私たちは学校現場で頑張っている先生方の応援団です。こどもたちにも、働く先生方にも、地域にも、寄り添って伴走支援をしていきたいと思っています。そのためには、実際に学校に訪問させていただいたり、先生方のお話を聞かせていただいたりすることが重要だと考えています。学校現場で頑張っていらっしゃる取り組みを拝見して、「すごくいいですね!」とお伝えすることで士気が上がることもあるでしょう。
また、有識者会議の中にはさまざまな専門性を持つ方がいらっしゃるのでリアルな場でも侃侃諤諤し、行政の職員の皆様とも一層連携を強化して、青森県にとって効果があるアクションを検討していきたいと考えています。
ーー子どもが主語の学校にしていくために求められることとはどういったことでしょう。
時代が変わるということは、これまで当然だったことが当然ではなくなるということです。しかし、学校はアップデートが得意ではありません。その中で変化を促していくためには、一つ一つ「これって本当に正しいの?」と正当性を問うていくことが必要です。
例えば、これまでプリントを渡して家庭に情報を伝えてきたのであれば、「これって本当に正しいの?」と考えてみる。紙で配ってきたプリントをメール配信にできれば、印刷して帳合いしてホチキスで止めて渡すという手間がなくなります。家庭では「子どもがプリントを渡さない」問題や「プリントをなくしてしまった」というトラブルがなくなります。こうした議論になると、「スマートフォンやパソコンがない家庭はどうするのか」という反対意見が出ます。では、実際にそうした家庭が何件あるのでしょうか。調べてみた上で正当性を決めてもいいのではないでしょうか。これまでの取り組みを否定するのではなく、問いかけて正当性を考えていくことが大事なのです。
そして、新たな取り組みが出てきた時に、「やってみようかな」と思うためには、ハンドルの遊びのようにちょっとした緩みが必要です。青森県でスタートする働き方改革は先生方がその余白を作っていけるよう後押ししていくものだと考えています。
ーー先生方にメッセージをお願いします。
多くのこどもたちにとって、家族以外の大人で最も身近な存在は学校の先生だと思います。その人がいつもイライラしていたり不機嫌だったりすれば、大人への魅力を感じにくくなってしまうでしょう。人間ですから色々なことがありますが、先生が元気でニコニコしていられるような環境をつくっていくことで、「大人になることは楽しそうだな」と思える子も増えていくと思うのです。2024年度も先生方の応援団として、こうした環境を一緒に作っていくお手伝いをしていきたいと考えています。